お盆休みを利用して、友人達と海水浴に出かけた日の帰り道、小さな砂浜の波打ち際に、点々と立つ松明の火が気に掛かり、車をおりた。
砂地に線香を立てる人。供物を海に流す人。海に向かって手を合わせる人。
祖霊が無事に帰ることができるように、道を照らす火を焚くのだという。
「どこへ帰るというのだろうか。」
夕闇迫る海岸に人影も消え、暗がりの中から迫るように波の音だけが高くなり、満ち潮に洗われた松明の火がはらはらと海に散る様は、美しくも、寂寥として去りゆく夏の気配と共に、送ることの寂しさを思った。
帰る場所は海の向こう。
〈八月七日、お迎えの笹舟をその家の祖霊の数だけ海に流す。途中ひもじく無いように数粒お米をのせて。
十三日、訪れた祖霊をご馳走や歌や踊りでもてなして、三日三晩、共に再会を喜ぶ。古き世の労苦をねぎらうもよし、昔語りをするもよし。
戻る所のない、戻ることのできない者にも、施餓鬼の棚でおもてなし。
十六日、踊り飽かし、語り尽くして時は果て、帰りの道に急かされる。
各々、心尽くしのお土産を携えて、心ならずも帰途につく。帰る場所は、妣が国、常世の国か、根の国、黄泉の国か、ニナイ・カナイか・・・。
十七日、お盆の名残り。座敷に残る線香の香りと、波間に漂う松明のすがり、落ちてなお、鳴く蝉。〉
所かわれば、祖霊の帰っていく場所もかわる。
海のない場所だと祖霊は川を降って海に帰るか、山へ帰ってゆく。各地で燈会や灯篭流しが行われる。
よく知られた所では、京の五山の送り火がそうだ。昨今、京都の夏を彩るイベントの一つくらいに思っている人が多いだろうが、あれほど立派な送り火も少ない。
市中、料亭の川床で杯に”大”の字を映して飲み干すのも、通人達の風流なお戯れではなく、祖霊としばし別れの杯かも知れない(?)。と思えば、千年の古都京都、さすがに奥が深い。
〈しかし、厳密に言えば、帰っていく場所は海でもなく山でもない。
水平線と空が交わる所、山の稜線と空の交わる所。海の底、地の底。彼方の不可視な場所。
あるものは、なくても、見えるような気がするから。
海も山も大地も空も、祈りの”方向”を指し示す<道標>に過ぎない。
尖塔も方角も偶像も壁も、その一つの<道標>に過ぎず、全ての祈りは”心”に通じているのだろう。〉
夏のイベントと言えば、盆踊りと並び、各地で行なわれる花火大会につきる。その魅力は、数をも知れぬ花火マニアの方々の言を待つとして、花火ほど日本人の人生観、死生観をゆさぶるものも少ないだろう。
線香花火から四尺玉の打ち上げ花火まで。咲くまでの心の高揚。
咲き誇り、瞠目、恍惚。散りぎわの潔さ。そしてまた繰り返され、やがては静まる。
日本では、その起源に何ら宗教的な要素は見当たらず、概ね観賞用として進化発展してきた花火ではあるが、その過程で先祖供養と結び付き定着した地域もあり、ある種の”送り火”と言えなくもない。
春の桜と同じく、何かが終わり、何かが始まる境界線の花。夏の闇に燦然と咲く「火の花」として。
夏の早朝、蓮の花は本当に「ぽん」と音を立てて咲くのだろうか。
その種子は千年の時を耐え、穢土に芽生え、穢水にも染まず、真直ぐ天に向かって伸び、大気の精を玉と集める清浄な葉を広げ、すずやかな香りをまとった高貴な花を咲かせる。仏性を体現し象徴する希有の花。
祖霊への供物を盛るに、その葉は最高の器であろう。そしてその花の無垢なる蕾を手向けることは、最高のはなむけであろう。
ところで、ある料理人が、とある寺院で行なわれた朝茶に招かれたときのこと。出された”蓮飯”にいたく感動した。
通常”蓮飯”は、若く柔らかい蓮の巻葉をせんに切って軽く塩揉みをしたものを、炊きたてのご飯に混ぜたものや、蓮の葉にもち米を包み、そのまま蒸し上げて香りをうつしたおこわなどを指す。
しかし、その時の”蓮飯”は炊きたての白飯を、庭の池から切ったばかりの蓮の葉に包んだだけのものであった。
それが席中に持ち込まれると、翠々とした蓮の葉の中から白く艶やかな白飯が現れ、その湯気はほのかにすがすがしく、清涼な香りを放った。
「これほど清浄、涼感に溢れる器は他にない。」
料理人はその感激を自らの料理に取り込み、昇華し、新たな表現を日本料理の中に確立した。
自分の感激が、それに触れた多くの人々を感動させた。
時を経て、その料理人の後を追い、流布された表現を模倣するものも多くなった。草葉の陰でその料理人はきっとほくそ笑んでいるだろう。「してやったり」と。
ただ一口、「生臭ものは盛ったらあかんな。」と、言いたいだろうが。





