『世界之名物 日本料理』

第一部 第二章
【海外では本当の味 出せん】

《この取材は、大阪・中之島のロイヤルホテル内にある「中之志満吉兆」で行われました。「料理のことですから話だけでは分かりにくいですやろ」ということで、秋のメニューを 一品、一品、解説しながら日本料理を味わっていただきました。》

ー 「世界之名物 日本料理」。このキャッチフレーズは、いつごろ、どういうきっかけでお考えになったんですか。

湯木 三十年ほど前ですかな。住友商事さんに頼まれて、ニューヨークの日本倶楽部へ行ったんです。日本食いうても、ライスカレーぐらいしかなくて、これでは日本の倶楽部という意義がない。遺憾の極みやからに本倶楽部で何か日本的な食べ物をできるか、やってみてほしい、ということでね。

ー ニューヨークで、美味しい日本料理が食べられるように、ということですね。

湯木 ところが、倶楽部の責任者という人がちょっと変わってましてね。「食べ物のことは、私は本当に分からん。おいしさを味わうということを、私は生まれる時に母のお腹に忘れてきた人間ですわ」いうて。そんなこと言われては、こっちは何しにニューヨークまで行ったんやら分からへん(笑い)。

ー で、うまくいきましたか。

湯木 なんとかする方法はないかと思うて、ひと月余りおりました。マグロのにぎり寿司などは、向こうでも日本と変わらんようにできるんですわ。けどに本料理となると、どないも仕方がないんです。

ー ほう、どうしてですか。

湯木 日本料理というものは、やっぱり日本に来て、日本の情緒にひたって食べてもらう料理、味おうてもらえる料理で、外国で日本料理というてもほんとの日本の味だせんと思いました。

ー 材料や技術の問題ではない、と。

湯木 日本料理の気品というのは、世界中どこを探してもありません。それは、お茶の作法に基づく侘び、寂びがあるからですわ。ちょっとした墨画や俳句が書いてある掛け物でも、床の間に掛けてあると素敵に映る。四畳半、三畳の部屋でも「ああ、ええなあ」という気がわく。そのたたずまいですな。日本料理というのは、長い歴史を経て今日のような形ができあがった。日本の文化そのもの、というてもええと思います。ですから、日本料理は、日本で春、夏、秋、冬を味おうてもらわんとできません。そのかわり、日本でいただく日本料理、これはもう「世界之名物」であろうと感得したんです。

《「吉兆」は大阪・京都・東京・神戸・博多と、現在二十一の店鋪を持っております。いずれも国内で、海外に支店はございません。健康食ブームもあって日本食がもてはやされておりますが、海外支店を出さないのは、こうした湯木の信念ともいえました。》

ー やはり、味だけじゃない。

湯木 そうです。そりゃあ、お腹の減った時にそんな悠長なことはいちいちいうておれませんが。うまかったらそれでいい、結論はそうですけれども、まあ極端な言い方かも知れませんが、それやったらあまりにも動物的で、やっぱり人間に生まれた以上は、人間的な喜びを、食べ物を通して味おうてもらいたいし、またそう思って頑張っている次第です。

ー 日本料理をいただくというのは、なにやら難しい作法がありそうで、われわれには堅苦しく思えるのですが。

湯木 そんな難しいことはないんです。簡単に言えば、うまかったなあ、ということを感じてもらえば、それでいいんです。そのうえで、日本のよさ、そういうものを料理を通して味おうて欲しい、知って欲しい、知ってもらわにゃならん、そう思っているわけです。

ー 日本料理は、季節感を持たせたおいしい料理。プラス何、といったらいいんでしょう。

湯木 もてなしの心ですね。ただ、うまい、安い、それだけで繁盛するのなら苦労はいらんのです。もてなしをしてこそ、ええ料理が生きるのであって、そこに、もてなしの心がなかったら、やはり物足らんと思います。

 [月に見立てた金属のプレートがある。それを盆に乗せ、ススキやハギを飾りにして、料理の一品を置く。盆の上に秋の小宇宙ができあがる。月には真ん丸の物と、ちょっと欠けた二種類がある。「秋の月いうても満月ばかりやおまへんからな。今月はこちらですか」。そう言って、湯木は半円形の月を手にした]